【 6 】





次の日にあたしが薬草園に行かなかったのは、別にユーキのことを嫌いになったわけじゃないし、あのことで嫌気が差したわけでもない。

まあ、王様にはたっぷりと言いたいこともあるけど、薬草園でばったり会ったとしても、ちゃんと面と向かって言えるかと言われれば・・・・・言えないけどねェ。


行かなかったのは家からの急用で部屋から出られなくなってしまっただけ。用事が済んだらまた行くつもりだった。もっともユーキに『遅くなるから』と連絡するにもどこへ連絡すればいいのか分からないから、無断欠席ってことになっちゃったのよね。

ユーキが来ないことを気にしているかも、なんて少しは思っていたけど、ちゃんと出かけていくつもりだったし、なんでもないよ気にしていないって言うつもりだった。



あたしは荘園育ちだ。
荘園っていうところは仕事がたくさんあるから召使だってたくさんいるわけで、、当然人間が大勢いるとなれば、人間関係もそれなりに濃密なの。つまり大人の男や女がいればそれなりに恋愛もあるわけで、こっそりと逢引している場面に遭遇するってことはよくあったこと。

誰も来ないと思っているのか、厩とかハーブ園の隅とかにやってきて、コトにおよんでいたり。つまり、アレの最中に何も知らないあたしがノコノコとやってきて、ばったりと出くわすなんてことがね、あったの。

小さい頃には男の人が女の人をいじめているなんて思ったこともあったし、大人の人にご注進に行って苦笑されるなんてこともあったなァ。

大人になった今ではアレがどんなことなのか当然よくわかっているから、たとえ見かけたとしても、仕事をサボっているとかあたしの迷惑になるとか以外は邪魔しないようにそっとその場を退散していくだけのことよ。お互いに気まずい気分になるだけだしね。

たまに、あたしがハーブを摘みに行ったときに、その畑の上でコトにおよんでいるなんてバカがいるから、そのときは庭番を呼んで遠慮なく追い散らしてもらったりするけれどね。むかつくじゃない?ひとが丹精こめて育てていたハーブの上でよ?

実は、男同士のそんなシーンも二度ほど見かけたことがあるわ。そのときの男性たちの姿はあまり見たいものじゃなかった。はっきり言って、ウゲッ!だった。

でも、王様とユーキのそれはとても綺麗だった。
快感に身を任せているユーキの姿は、薬草園であたしに薬草のことを教えているときと違って、とても艶かしくて。あんな姿を見せられたら、ケイ王様じゃなくてもユーキを手放せないだろうって思えるほどだったから。

ああ、あの時のあたしは二人のすごいシーンを見せ付けられて驚いたせいで腰が抜けて退散できなかったと思っていたけど、もしかすると、見とれてしまった・・・・・なんてこともあるのかもしれない。

あんな美形二人のベッドシーンって、見ていてとてもどきどきしたけど、気持ち悪いとかいやらしいとかなんてぜんぜん思わなかったし。

だからあたしがあそこに座り込んでいるのを見て、ケイ王様は嗤ったのだ。こんなに自分の恋人はすばらしいのだと見せびらかしていたのだ。

でもね。だからといって、他人のあたしにあんなプライベートな場面を見せつけることはないと思うけど!失礼じゃないのよ、まったく!!



あたしはいつものように薬草園へ出かけて、きちんとユーキに気にしていないって言うべきだった。あるいは、何事もなかったかのように流してしまえばよかったんだっていうことはよく分かっていたわ。
でも、問題を先送りしてしまったために足がすくんでしまった・・・・・かも。

『用事が終わったのは夕方になっちゃったから、いつもの勉強時間は終わってしまってる。夕方には薬草園に来ちゃだめだ言われてたし。夕方に女の子が出歩くのはまずいわよね』

なんて自分に言い訳をして。

本当の理由は、ユーキの顔を見たらきっとあのときのことを思い出してしまうに違いないからってことだったのよねェ。
綺麗だからといっても、ユーキだって秘密にしておきたいプライベートな姿を見られてしまってわけだから、お互い気まずい気持ちになってしまうに違いないと思ったから。

王様が狙ったのはきっとこれなのかも。

なんて非常識なやり口であたしとユーキを会わせるのをやめさせようとしたんだろう。

あたしは猛烈に腹が立った。好きな人の周りから邪魔な人間を取り除こうとするなんて子供っぽいやりくちじゃないの!それも直接命令ができないからって卑怯な手を使ってまで。

でも、思惑どおりにあたしは会いに行くのをためらうようになってしまったのよね。勇気がなくて。

一度薬草園に行かないとなると、翌日に出かけるのは更に腰が重くなってしまうものだってことがよくわかった。

思い切って行こうかどうしようかと迷っていると、乳母が少しは貴族の女性らしくおとなしく刺繍でもしていてくださいって厳しい口調で小言を言ってきた。きっとおとといの夕方の時のあたしの態度で心配になっちゃったのね。

いつもだったら乳母の命令なんてどこ吹く風とばかりに出かけてしまっていたんだろうけど、あたしは命じられたことをいいわけにして部屋でおとなしくしていた。

ケイ王様のしたり顔なんて見たくなかったから、その日は大広間での午餐に招かれていたんだけど、辞退して自分の部屋に食事を持ち込んで食べることにした。

だからユーキがあたしが広間に顔を見せなかったことをとても気にしていたことも、まったく知らないでいた。

そのせいで広間での騒ぎを知るのが誰よりも遅くなってしまった。
宮廷中はとても大騒ぎだったらしいのに。

そして、翌日。
思いがけない人物がやってきて、思いがけないことを知らせてくれたんだった。






「お嬢様、王様からのお使いがお見えですよ」

あたしが部屋で貴族の娘らしくおとなしく刺繍を(イヤイヤやっていたから、かなり雑になっていた)やっていると、乳母が血相を変えて呼びに来た。

「お使いって、王様からまた呼び出しなんてあるはずないでしょう?」

もうそんなことはあるはずがない。既にお目見えは済んでいる。ケイ王様があたしに会わなきゃいけないような理由なんてあるはずがないんだから。もうあの時の光景は身にしみているのだから。

もう、金輪際会いになんて行くわけないでしょ!

「いえお嬢様、ドブリスの王様からでございますよ」

乳母は怪訝そうな顔のままで顔であたしに言った。

「ドブリスの王様?」

あたしも思わず繰り返していた。はて、どなた?まったく知らない名前に首を傾げてしまう。それくらい思いがけないものだった。

「お嬢様、いったいどこでドブリスの王様とお知り合いになっていたんですか?」

「知らないわよ!」

あたしは思わず叫んでいた。なぜぜんぜん知らない偉い方からお使いが来るの?

「ねえ、ドブリスの王様っていったいどんなかたなの?」

「どんな、って。お嬢様が見初められたんじゃございませんので?」

乳母はてっきりあたしが宮廷で、その方に目を止められて気に入られたんじゃないかと思っていたらしいけど。

「会ったことなんてないわよ?その王様の顔や名前だって知らないのに」

「はぁ?!」

誰かからこの騒ぎを聞いてやってきたんだろう。仕事中だった家司も大急ぎで駆けつけてきて、あたしに大急ぎでドブリス王のことをいろいろと教えてくれた。

ドブリスという国は、ブリガンテスよりも歴史が古くて、ロウムの頃から栄えていた国らしかった。でも数年前の『海の狼』たちの侵攻の最中に前の王様が亡くなったり、その後の内紛があったりして混乱し、いろいろないざこざの末にここブリガンテスの属国という形に収まったらしい。
それで賓客という形をとって現在の王様がロンディウムにずっと住んでいるらしいけど。まあ、ていのいい軟禁というか人質ってことよねぇ。

お国の事情はわかったわ。でも、その王様がなんであたしに用事があるって言うの?!
どこにしがない荘園の娘と王様との接点があるっていうのよ!

頭の中はハテナいっぱいだけど、いくら考えていても仕方ないので、まずはお使いという人に会うことにした。ドブリス王からの使者という人はとてもはつらつとした様子の美人だった。あたしよりも少しだけ年上、くらいかな?

「お会いしていただきましてありがとうございます。わたしはドブリス王の使いとして参りましたナツと申します」

そう言って、作法どおりのお辞儀をしてみせたけど、しぐさはとても洗練されていて綺麗だった。あたしも答礼してみせたけど、彼女ほど綺麗に出来たかどうかは自信が無い。

「あの、ドブリスの王様があた、いえ、私にどんな御用があるのでしょうか?」

「それは私とご一緒していただいてお聞きくださいませ。王様が直接お話されるそうです」

「え・・・・・っと、それは、これからすぐ、ということでしょうか?」

「はい」

顔を上げたナツさんはやさしくほほえんでいるけれど、目の奥にいたずらっぽい光を浮かべているように見えてるんだけど。

・・・・・はて、いったい何があるというのかな?

あたしは急いで失礼にならないような服に着替えてナツさんと一緒に差し向けられた馬車に乗って出発した。本当ならお付として乳母が一緒に来るんだけど、今回はナツさんが一緒ということで、乳母はお留守番。あたし一人が軟禁されているらしいというドブリスの王様が住んでいるという城の東端にある館へと向かっていった。

「ねえ、モエ様。モエ様は王様の薬草園で薬草のことを教わっていると伺いましたが、本当でございますか?」

あら、どうしてこの人そのことを知っているの?ケイ王様とユーキくらいしか知らないんじゃないかと思っていたのに。

「あ、はい」

「その、『ユーキ』に?」

「あたしのことならモエでいいですよぉ。同じ女性同士なんですもの。堅苦しくしないでくださいな。えーと、ナツ様」

「あら、ではわたくしもナツと呼んでくださいな」

「ええ、よろしく。それでですね、ユーキには薬草のことをいろいろと教えてもらってます」

ここにはうるさい乳母はいないので、年上の人についつい友人同士のようなくだけた話しかけをしてしまった。気に障ったかな?でも彼女はにっこりと笑って話をあわせたくれた。

「あの方の教え方ってお上手?勉強は楽しいかしら?」

最初は美人過ぎて話しにくいかもって思っていたナツさんは、いざ話してみると意外に気さくでさっぱりとしていて話しやすかった。

「とっても楽しいです。出来ればずーっとここに暮らして教えてもらいたいって思うくらい」

「でも、ここ二日は薬草園に行っていないわよね?」

えー?どうしてそのことを知っているの?あ、ユーキに聞いたのかしら

あたしの表情って読みやすいのかな?ユーキのことを詳しく知っているのを不思議に思っていると

「ひ・み・つ。」

ナツさんはあたしのそう言って、悪戯っぽく笑ってみせた。

「ねえ、モエ。午餐のときのケイ王様のほっぺたを見たわよね?」

「はい?」

ケイ王様がどうかしたのかしら?

「あら、知らなかったの?宮廷は大騒ぎだったのに」

「午餐には出なかったんですけど・・・・・何があったんですか?」

「王様の顔にそりゃ見事な手形がついていたのよ。くっきりとね!誰がやったのか想像がつくものだから、みんなため息をついてしまって」

ナツさんはころころと笑いながら言った。

て、手形ってことは、ケイ王様に誰かが平手打ちをしたってことよね?それもアザが残るくらいに。で、王様に手を上げられる人って溺愛しているのを誰もが知っているユーキしかいないってことじゃない?

「あの、それってユーキが平手打ちをしたってこと、ですよね?」

「ええ、そうよ」

「そうよって。ユーキは無事なんですか?お咎めを受けたりしませんか!?」

「大丈夫。彼はケイ王に罰せられたりすることはないわ」

ああ、よかった。

ほっと胸を撫で降ろした。
でもそうなると、どうして周囲の人たちがため息をついたりするの?

「そりゃあ、ケイ王様が不機嫌になって、あたりの人たちがぴりぴりとした雰囲気にさらされるのがわかるからよ。つまり八つ当たりってことね」

ナツさんはなんでもないように言っているけど、あたしにはそれが不思議でしかたなかった。王様の顔に平手打ちをしても咎められないし、逆に機嫌をとられている愛人っていったいどういう人なんだろうって。

ユーキっていったい何者なの?

「その答えは、あの方にお会いしてお聞きなさいな。そうすれば分かるから」

ナツさんはそう言ってドブリスの王様が住んでいるという館の方を指し示した。ちょうど馬車は館の前へとさしかかっていた。

ケイ王様の住んでいるプライベートな場所から更に奥にある館は、まるで隠そうとするかのようなたくさんの木々に囲まれた場所にあった。

そこは人が多く行き来する場所から外れていて、これでは人が足を伸ばしてまでやってくることは無いだろうと思えた。事実あたしたちが乗っている馬車が進む道にはいくらか雑草が生えていて、あまり使われていないように見えた。

ドブリスの王様が軟禁状態にされていて、ほとんど人の出入りがないというのは本当にことらしいわね。でもそうなるとあたしを呼ぶ理由が更にわからない。

「さあ、到着したわ。どうぞ、中へ」

あたしとナツさんが館の中へと入っていくと、召使いらしい人が走りよってきて、ナツさんの耳に何かささやいてきて、ナツさんはそれにうなずいた。

「こちらの部屋へどうぞ。ごめんなさい、急なお客様がいらしたみたいで、ちょっとだけ待っていてもらわなくてはいけなくなったみたいなの」

ナツさんは館の中の客室の一つへと案内してくれた。どうやらあたしを呼び出したご本人は予想外の来客のせいで、別室で応対中らしかった。

「ここで少しおやつでも召し上がって待っていてくださいね」

そう言って、ナツさんが召使いに命じて飲み物とお菓子を用意してくれた。

「お口に合うといいのだけれど」

そう言いながら淹れてくれたのは、薫り高いハーブティーと蜂蜜とピーカンナッツが入ったクッキーだった。

あら?これってユーキの薬草園にあるハーブみたいに見えるけど、あそこから貰ってきたのかしら?まあ、あそこはケイ王様のハーブ園なのだから、貰ってくることもあるわよね。

あたしは数種類のハーブを使って淹れてくれたお茶を飲み、添えられていたお菓子を食べた。
蜂蜜の入ったお菓子というのはとても贅沢だから、荘園ではこういうお菓子が食べられるのはお祭りとか特別な行事のときくらいだから、数えるくらいしか食べたことが無い。甘いものってとっても高価なのよね。

とーってもおいしかった!

ナツさんとおしゃべりをしていると、すっとナツさんが椅子から立ち上がった。

「すっかり待たせてしまったね」

部屋の扉が開き、声がした。ここの館の主、ドブリスの王様がいらっしゃったんだ。

あたしもあわてて席を立って深くお辞儀をした。相手がだんだん近づいてくる気配がして、頭を下げているあたしの視線の先に、その方の靴と着ている紫色の外衣が入ってきた。

紫色の外衣は、ガリアの王と認められているケイ王様しか着られないはずのものなのに、どうやらこの王様は同じ色を身にまとっていても咎められないらしい。ケイ王様がそれを認めているってことなのかしら?

「顔を上げてくれないか?」

あ、あれ?この声・・・・・。

あたしが顔を上げると、目の前の人は顔があまり見えないような薄いヴェールをかぶっていた。それをすっと引き外すとそばに控えていたナツさんに手渡してこちらを見た。

「・・・・・ユーキ!?」

仰天してしまって、思わず大声を上げていた。

だってそこに立っていたのは、紫色の外衣を身にまとったユーキだったのだもの!!